新魔界大冒険を見て

ドラえもん映画

旧作を知らなければ、これでも良かったと思ったかもしれない。

この新作で引っかかったのは、やっぱのび太をおとしめなければ気がすまないのか、って事。
開始後しばらく、のび太の情けなさを全開アピール。
以降、何をかっこつけようとも、様にならない前提を作り上げる。
マジに、のび太に対する悪意しか感じない。

あとは、夜美子さんをネズミ化した事。
なんで普通に猫じゃダメだったの?
その後、ジャイアンスネ夫しずかちゃんが、魔法で猫化させる。
月明かりで呪いは解けるけれど、再び呪いが発動しても、猫のまま。
なんでネズミじゃないの?
魔族の呪いより、3人の魔法のほうが強いの?

それと、月明かりで魔法が効力無くすこと。
呪いではなく、魔法。
普通に魔族の魔法攻撃が発動しなくなっている。
人の使う魔法も、魔族から教わったもの。
つまり、人の魔法も、1日の半分は、使い物にならない事になる。
これでなぜ、魔法に頼らない技術が発展しなかったのだろうか?
少なくとも、科学が迷信なんて事はないだろう。
夜美子さんの呪いが解けてる時、なぜ魔法の絨毯は機能していたのだろうか?
この新作の世界観だと、説明できない事だろう。

魔法世界化される前に、満月博士のテレビ中継あったのは、なんで?
博士じゃなくて牧師だったけれど、牧師としての何かがあったの?
魔界関係なく、テレビに出てたって事だよね?
だから牧師なんでしょ?
つか、博士や教授ではなく、テレビに出てくるわりと有名な牧師を、私は知らない。どこぞの怪しげな宗教家しか知らない。

こんな感じで、のび太に対する悪意以外、呪いと魔法の区別がどうなってるのかくらいしか、気にはならなかった。
でも新作の後に旧作見たら、この新作のおかしな所が見えてしまった。
旧作を超えてほしいと思うのに、わざとつまらなくするのは、なぜなのか?

旧作では、開始直後から魔法への憧れ全開。
魔法が科学にとって変わられる経過も、出来杉君の説明でふれる。
そこから、もしもボックスでの魔法世界化につながる。

これが新作だと、
開始直後からのび太の情けなさ全開。
テレビの魔法少女の番組宣伝を見て、魔法への憧れに初めてふれる。
「もしも魔法が使えたら」この台詞を三回くらい繰り返して、やっともしもボックスが出てくる。
なにこの時間かせぎ?時間が余って仕方なかったの?
じゃあなんで、魔界を大冒険する時間削ってんの?これ、後にも書くけどさ。

魔法が科学に駆逐されるクダリも、説明不足。
行き過ぎた科学は、魔法と区別がつかない。これを言いたかったのかってくらい、説明不足。
部屋の片付けにロボッターを使うのだが、ロボッターがどういう仕組みの道具なのかの説明無し。ロボッターっていう名前も出てこない。
この道具を使ってるところを、初見で見たら、魔法と何が違うのか、分からないと思う。

石像関連で、旧作ではなんか怖く感じたが、新作ではそれが無かった。
新作ではポケットに石像をしまうのだが、以降その存在を忘れてるのは、いかがなものだろうか?
ドラミちゃんの登場が自然と演出されてるので、これはこれで、良かったのかもしれない。でも、その存在にもふれてほしかった。

魔界歴程の入手方法。
旧作では、満月博士がかき集めてた資料の中に、それがあった。
あとは、解読するのみ。
新作では、満月牧師が読めない巻き物を持っていて、翻訳こんにゃくで解読、魔界歴程の存在を知る。
魔界歴程は二つの巻き物で、片方を魔族に奪われてしまう。
これ、魔王に銀の矢が効かなかったのは何故か、これの理由づけでこうしたと思うのだが、満月博士の解読が途中までだったからじゃ、駄目だったの?
満月博士を牧師にして、解読のスベを持たない人物にしたから、翻訳こんにゃくの出番となる。途中までしか解読出来ないのは、おかしな事になる。だから魔界歴程は2つあって、片方奪われた。
新作だけしか知らないなら、これでもいいかもしれない。
でも旧作を知ってしまうと、なんで博士を牧師にしたのか、分からなくなってしまう。そもそも、新作での最初の古い文献は、なんだったのか。
この魔界歴程の入手も、時間かせぎにしか思えないし。

魔界大冒険という題名のくせに、全然冒険していない。
旧作では、息が出来る宇宙空間、土星の輪っか、等の宇宙旅行から魔族星突入。
魔族星に着いてから、魔王城まで冒険する。
新作では、魔族星にはすぐ着いて、魔王城にもすぐ着いてしまう。

これ、旧作見返すまで、別になんとも思わなかった。
でもこの映画、魔界大冒険なんだよね。
先にふれた魔界歴程の入手、後でふれるメデューサ。
ここに時間を割きすぎて、肝心の冒険がないのは、本末転倒すぎる。
題名も、魔界大冒険ではなく、普通にのび太と6人の魔法使いでよかったんじゃないの?

そして、メデューサの扱い。
旧作ではのび太達を石化させる以外の役どころはなかった。
なのになんで、これだけのキャラに、意味を持たせるのだろう?
魔界を大冒険する時間を削ってまで、ぶちこむ程のものなのか?
これも、旧作の存在が無ければ、普通にアリかもしれない。
でも、魔界を大冒険には不向きすぎる。
題名から魔界大冒険を削って、6人の魔法使いを前面に出した方が、よかったのではないのか?
なんか、リトルスターウォーズがそんなリメイクみたいじゃん。まだ見てないけれど。

この映画は、旧作を越えようとする意気込みは感じる。
石ころ帽子ではなく、盲点星を使ったり。
月光灯をねじ込んだり。
でも、魔界大冒険の作品として、旧作の偉大さを再認識させられる。
だってこの新作、魔界を大冒険してないもん。
メデューサに感動秘話を持ち込むのも、いいかもしれない。
これでのび太に対する悪意がなかったら、題名が魔界大冒険ではなかったら、旧作への縛りもなかったら、そこそこ面白かったかもしれない。

なんか残念。
とりあえず、のび太を情けなく、ぐっちゃぐちゃに描くのをやめろ!
大長編になると、勇気があって頼もしくて、かっこよくなるのが、のび太だ!

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